【日記の最新記事】
2008年06月22日
TAKAのARMM日記最終ページ
日本の梅雨はうっとうしいですね。2日前に帰国しました。予定よりも一日早かったのですが、宇井さんと相談して、出張のミッションはすべてはたせたので、帰国便を早めました。ひとつには本日、名古屋バプテスト教会で川原講演会があり、土曜日の夜8時すぎに帰宅してからの強行スケジュールは、さすがにきついなと感じたこともありました。ブログも約束したのはよかったのですが、三州それぞれで同窓会があり、かつ、ミンダナオ開発局職員が同行したので、毎晩、何らかの会合がはいり、その寸暇を縫っての投稿と、スールーでは、携帯をモデムにインターネットアクセスを試みたので、あまり、アクセスがよくなかったこともあります。とにかく、私のライフワークと信じていたものが、突然の組織改編で宇井さんに引き継ぐことになり、昨年の8月の出張とあわせると、最後のPCHAP以降、すべての州には訪問したので、お別れができたかなと思いました。最後にまわったマギンダナオ州保健局のPCHAP総会では、サママ保健局長代理が、「タカ<中島>がいろんな危険や、上司の妨害などの困難にめげず、1999年から訪問してフォローアップしてくれたことに感謝したい」と述べられたとき、いままでの苦労を思い出したのと、これが最後かという思いとが錯綜して、思わず涙がながれました。バシラン、スールー、マギンダナオとそれぞれ、NGOも活動がしにくい環境で、住民への保健サービスと、住民による保健活動を促進する役割をもつPCHAPの報告を聞き、現場を訪問し、関係者にインタビューする中で、PCHAPが残したものを確認できたことは、自分もまた、エンパワーされるときとなりました。これから、また、AHIの働きを進めていく活力が与えられ感謝です。
2008年06月15日
スールーからサンボアンガ
サンボアンガからこんばんは。スールーから無事にお昼すぎにサンボアンガに到着。Lantakaでゆっくりして、夜は食事に3人で出かけ今帰ったところです。ホロの最後の晩、午前3時ころに、ボーン、ボーン、ボーンという大きな音で目が覚めました。そのあと、飛行機かヘリコプターの音がしばらくしていました。いよいよ内戦でも始まったかと、びっくりして避難はしなくてもいいかとも、考えましたが、別に3人の海兵隊の護衛からも逃げろという指示もないし、アメリカ軍もいることだしと思いまた眠りました。後で聞くと、スールーでは日常になっており、誰もおどろかないとのこと。平和が日常になってほしいものです。
2008年06月13日
スールーからようやくこんばんは
スールーからこんばんは。こちらで当初、開通するはずの携帯電話会社のインターネットがつかえず、結局、ソフトバンクの携帯ローミングでようやくメールがチェックできました。遅くなってすみません。
先週、この州で、テレビ局のアナウンサーとカメラマンが誘拐されて、フィリピンでは大騒ぎになっていますが、日本ではニュースになっていないのでしょうね。その余波で、訪問する予定の元研修生の島にはいけず、スールー本島の昨年度研修生の町を訪問することができたのみでした。そのときも、トラック2台の海兵隊員(40人くらい)と装甲車と、さらにフィリピン国家警察8人とが警護して、ようやく訪問できました。そこにようやくたどりついたところ、妊婦さんクラスの区切りの会があって、大歓迎をうけました。
日曜日には、サンボアンガに帰りますので、そこではインターネットにアクセスできます。それでは。
先週、この州で、テレビ局のアナウンサーとカメラマンが誘拐されて、フィリピンでは大騒ぎになっていますが、日本ではニュースになっていないのでしょうね。その余波で、訪問する予定の元研修生の島にはいけず、スールー本島の昨年度研修生の町を訪問することができたのみでした。そのときも、トラック2台の海兵隊員(40人くらい)と装甲車と、さらにフィリピン国家警察8人とが警護して、ようやく訪問できました。そこにようやくたどりついたところ、妊婦さんクラスの区切りの会があって、大歓迎をうけました。
日曜日には、サンボアンガに帰りますので、そこではインターネットにアクセスできます。それでは。
2008年06月10日
バシランPCHAP同窓会
こちらは、今日はバシラン州で元研修生の同窓会をもった。これから、AHIが支援できるかもしれない、グループの共同の活動。ひとつの市の中の区を選らんで、そこに、保健活動グループを作ろうというもの。最初に予定していたのは、別の町の区だったけれど、選挙で町長が変わり、町役場の協力が得られなくなったどころか、その担当の保健師が前の町長の奥さんだったという理由で働けなくなった。また、区長同士の争いがあり、結果が、銃を使った内戦まで発展。手のつけられない状態になったので、この町はあきらめて、も一人の研修生が働く、市長がしっかりしている市に移ることを決議した。これがうまくAHIで支援できるといいのだけど。次に予定しているスールー州では昨日も、全国放送のカメラマンが誘拐されたそうだ。朝日新聞のマニラ支局にも同行取材をお願いしていたが、この状況では、とても来てもらえそうにない。ということで、明日はバシランのフィールド訪問です。宇井さんは本日は研修生のうちにホームステイ。バシラン泊です。わたしは、ヘレナと対岸に帰り、明日の準備をしています。それではまた。
2008年06月09日
いよいよバシラン
今日は、フィリピンの振り替え休日。私たち3人(宇井さん、ヘレナさんーミンダナオ保健開発局職員)は、これから快速船に乗って45分かけて沖にあるバシラン島に元研修生を訪問し、インタビューします。明後日には、今後協力の可能性を調査に元研修生の地域に入ろうと準備を進めています。バシランには、二つの異なるコースの研修生が9人います。8人はPCHAPコース(JICAがAHIに委託した保健課職員対象)1人はAHIの国際研修コース(NGOワーカー対象)です。日曜日の夜にデデットさん
2008年06月08日
サンボアンガ
サンボアンガからこんにちは。明日はフィリピン独立記念日の振り替え休日で、お休みですが、宇井と私とは元研修員のグループを訪問する予定です。こちらは、雨もそんなに降らず、昼間は、じっとしていても汗がでてきます。
昨日、111月に巡回報告会講師として招待するデデットさんにあって、現時点で決まっている大まかなスケジュールを説明しました。各会合にあった形で、彼女と企画をしていきます。広島、京都、愛知、東京などの都市で、AHI会員や受入のグループ、そして、何よりも平和の課題に取り組む、広島のグループとの出会いなど、とても楽しみにしている様子でした。デデットさん旋風が11月の日本を駆け抜ける。そのために準備をしっかりしたいものです。
中島
昨日、111月に巡回報告会講師として招待するデデットさんにあって、現時点で決まっている大まかなスケジュールを説明しました。各会合にあった形で、彼女と企画をしていきます。広島、京都、愛知、東京などの都市で、AHI会員や受入のグループ、そして、何よりも平和の課題に取り組む、広島のグループとの出会いなど、とても楽しみにしている様子でした。デデットさん旋風が11月の日本を駆け抜ける。そのために準備をしっかりしたいものです。
中島
2008年06月06日
マニラから
フィリピン、一日目。今回は宇井さんにARMM事業を引き継ぐことを大きな目的に出張しました。その前のフィリピン国別研修やニューコレリアSIAD担当を入れると1992年以来の担当でした。16年以上にわたるかかわりからいよいよはずれるのだな、という感慨というか、寂しさをどこかに持った出張になりそうです。明日は、いよいよイスラム自治区政府のあるコトバトにはいります。今日は、眠いのでこれで失礼。
2007年08月14日
タウイタウイからサンボアンガへ、そしてマニラへ
マニラからこんばんは。今朝、マリクリスさんと共に、お世話になったタウイタウイからサンボアンガへ移動するため、空港へ。そこで、PCHAP同窓会の支援をしてくれ、サンボアンガからかえってきた州保健局長とすれ違い、PCHAP同窓会の様子や今後のINAMやPPPKとの連携の可能性について打診し、サンボアンガに向かいました。
サンボアンガでは、車の多さや道の広さに改めて、ミンダナオ本土に戻ったことを確認しました。ここでは、PCHAPバシランと会合をもちました。目的としては、PCHAPバシラン同窓会の今後の方向性と、そこにおける協力の可能性をさぐるものでした。出席者は、同窓会からは州レベル一人を除く2人、町レベルからは3人の計5人の出席、現地NGOのNagdilaabとマリクリス(INAM)と私と8人の出席がありました。そこで、今後のPCHAPバシランの活動について活発な意見交換がありました。PCHAPバシランのイニシアチブを実感することのできた会合となしました。住民や行政や保健局や他のNGOと連携して、みんなの力で持続的なものにしたいというPCHAPの思いがつたわってくる会合でした。マリクリスとマニラについて、帰宅のタクシーの中で、チームとしてこの5日間、良い協力のもと成果を上げられたことを、互いに感謝しなら別れました。今回、訪問できなかったスールーでは、アブサヤフの掃討作戦のために、国軍の援軍が送られ、CEPサイトのマユンボンや研修生の担当しているParangなどで多くの避難民が出ていることが報じられています。今、フィリピンで一番緊張している地域です。AHIとして何ができるのか、考えさせられます。明日は、名古屋です。
サンボアンガでは、車の多さや道の広さに改めて、ミンダナオ本土に戻ったことを確認しました。ここでは、PCHAPバシランと会合をもちました。目的としては、PCHAPバシラン同窓会の今後の方向性と、そこにおける協力の可能性をさぐるものでした。出席者は、同窓会からは州レベル一人を除く2人、町レベルからは3人の計5人の出席、現地NGOのNagdilaabとマリクリス(INAM)と私と8人の出席がありました。そこで、今後のPCHAPバシランの活動について活発な意見交換がありました。PCHAPバシランのイニシアチブを実感することのできた会合となしました。住民や行政や保健局や他のNGOと連携して、みんなの力で持続的なものにしたいというPCHAPの思いがつたわってくる会合でした。マリクリスとマニラについて、帰宅のタクシーの中で、チームとしてこの5日間、良い協力のもと成果を上げられたことを、互いに感謝しなら別れました。今回、訪問できなかったスールーでは、アブサヤフの掃討作戦のために、国軍の援軍が送られ、CEPサイトのマユンボンや研修生の担当しているParangなどで多くの避難民が出ていることが報じられています。今、フィリピンで一番緊張している地域です。AHIとして何ができるのか、考えさせられます。明日は、名古屋です。
2007年08月12日
タウイタウイの日曜日
今日は日曜日なので、ゆったりした時間の流れです。午後3時にPPPK(タウイタウイの保健住民組織)の訪問だけです。いろいろとたまった記録をまとめねば。あとは、同行のINAMのマリクリス(国際研修コース参加)と打ち合わせです。
昨日、午前中はPCHAP同窓会で16名中11名が参加しました。保健局長の支援もあって多くの参加が得られました。内容はPCHAP2007の2名のPOA(アクションプラン)発表討議と、JICEの小規模保険事業(CEP)担当の2名の現況報告でした。
午後のPPPKの訪問、PCHAPが中心になって、何とか外部の支援にたよらず、住民自らの組織化による保健活動について、彼らの経験から学び、失望の中から、希望の光を少し見せてくれたそんな訪問となりました。これからがPCHAPにとっての正念場です。明日はサンボアンガでバシランのPCHAPと会議ののち、マニラにもどります。
昨日、午前中はPCHAP同窓会で16名中11名が参加しました。保健局長の支援もあって多くの参加が得られました。内容はPCHAP2007の2名のPOA(アクションプラン)発表討議と、JICEの小規模保険事業(CEP)担当の2名の現況報告でした。
午後のPPPKの訪問、PCHAPが中心になって、何とか外部の支援にたよらず、住民自らの組織化による保健活動について、彼らの経験から学び、失望の中から、希望の光を少し見せてくれたそんな訪問となりました。これからがPCHAPにとっての正念場です。明日はサンボアンガでバシランのPCHAPと会議ののち、マニラにもどります。
2007年08月10日
国境の州、タウイタウイより
ここタウイタウイは、フィリピンの沖縄のような場所で、国境の州であと4時間ほど船に乗ると、マレーシアのサバ州です。高校生スタツアで訪れたサラワクがすぐそこにと思うと、フィリピンの裏口とは思えません。こここそ、表になれるような、でも表玄関になったら、この異国情緒というか、ノスタルジックな気分にはなれないかも。今日から月曜の朝まで、ここで、主に、元研修生たちとの会合と、あたらしい住民組織の出会いをつくろうとしています。

